伊計 翼/怪談社書記録 闇語り

 ここからは全て新規。
 もう旧作の感想を再掲することは無くなる。

 このところこの著者(伊計翼氏)の作品には当たりが多い。
 今回も途中しばらくもう一つなところも存在したけれど、出だしと後半に面白いものが幾つも登場してくれた。

 まずは冒頭の「お前を許さない」。良い話怪談か、と思わせておいての救いの無いオチに驚かされる。しかもそれだけのために一旦大家の夢に現れる、という面倒な手段を用いてまで。
 ただ、この話には不審な点もある。大家はこの語り手への連絡手段を知っていたにもかかわらず、何故知らせることも無く遠い親戚に遺体の引き取りなどを頼み、その後に遺品整理だけを彼に任せたのだろう。通常ではあり得ない対応だ。
 しかし、父親が生前大家にそう対処することを直接依頼していたのだとしたら無い話ではない。
 もっとも、その場合この話、微塵も怪談では無くなってしまうけれど。

 「聴こえない」ただの偶然、ということかもしれないけれど、こうした符合には感じさせられるものがある。結構好きなタイプの話だ。

 「寿命がない」久々のショートショート作品。短くても怖いものは怖い。おじいちゃんは死神のような存在だろうか。

 「採ってない」人魂もしくはそれと覚しき代物を冷静にしかも科学的に観察し報告してくれた、とても貴重な事例。こんな風に光っているのか。
 しかも、時間が経つと泡になって消えてしまうとは。ここは珍しく著者の付加した「耳嚢」の話が参考になる。著者が自ら語るものに大抵ろくなものはないのに。
 また、オチも興味深い。人魂がどこかの目的地に到達するなどしないと、人の寿命は戻ってくれるものなのだろうか。

 「人じゃない」国が違うと、やはり怪談の質も少々違う、というのが面白い。
 今年のお知らせ、とはどういうことなのか、何をお知らせしてくれていたのか、気になる謎も多い。

 「間にあわない」心温まる怪談としてはなかなかのもの。ちょっと異世界もののテイストも入り、不思議な会話もあり、オチも決まっている。社務所の額と関連しているとしたら、神様ではなく、そこの神主(宮司)さんの先代なのであろうか。
 老人の台詞が何だか森見登美彦作品の登場人物のようではある。

 「語らない」丁度つい最近時期もあって沖縄戦のドキュメンタリー番組を観たばかりなので余計身に迫る。
 そこで日中は米軍が激しい艦砲射撃を行っていたことを明らかにしており、それが描き出されていることからも、この語り手の話は信憑性が高い。
 これも純粋な怪談とはかなり違っているかもしれないけれど、戦いの惨さ、というものを端的に表現している体験談として貴重なものだと思う。
 人は追い詰められたらこうならざるを得ない、ということだ。彼女の行動を責めることなど全く出来ない。そして同時にその体験が彼女の心にどれだけの重荷を負わせてしまったのか、それはもう想像することも難しいきついものがあったのではないだろうか。
 死んだ者たちが感情も無くただ傍観する者、になってくれていた、というのはわずかでも救いになったのでは、という気もする。

 「この席じゃない」これも怪異では無い、のかもしれない。
 しかし、相手が語り手の名前を知っていたところや、語り手の経験と奇妙な程符合する事態を語っているところなど偶然とは思い難いところも多い。最後の文章にある誰も注文していないハンバーグ、という傍証もある。
 もしこれが事実とすれば、心霊スポットに安易に行ってしまうと、此の世から自らの存在を消されてしまう、という危険性がある、ということになる。
 これは並大抵の怪談より余程怖ろしい。
 別の解釈をすると、廃病院を訪れたところで、偶然別世界の扉を超えてしまい、男性が存在しなかった世界へと迷い込んでしまった、ということも考え得る。
 この場合最後の文章がちょっと整合しなくなってしまうけれど。
 一方で、異常なテンションや語り口からは単なる精神の病、という可能性も捨て切れない。第一、もしその男の立場になって考えたら、誰も自分の存在を信じてくれない状況の中、おそらく最後の綱とも言える彼に出会ってから丁度都合良く事の顛末を説明するだけして、警察が来たから、とそのまま逃げてしまうものだろうか。

 「一滴もない」怪異と言うよりもSF小説のような不思議な話。勿論大好物である。
 しかもハインライン張りのタイムパラドックスもの、なのかもしれない。
 不謹慎とは思いつつ、あくまでも怪談なので奥さんの御遺体から頭皮の一部が無くなっていなかったか、是非語り手に確認しておいて欲しかったところだ。せめて、同じ道路というだけなのか、全く同じ場所だったのかだけでも。
 ただ、時空超えだとすると、轢かれた側については血痕含め全く現場に残っておらず、逆に車の方はライトの破片含めこちらにきちんと残されている、というのは妙だ。
 跳ね飛ばされる瞬間だけ目の前に現れぶつかった瞬間まだ血も出る前に体がまた元の世界に戻ってしまったのだろうか。

 「バレない」ショートショートも決まると結構面白い。
 この声の主、コタツにどんな思い入れがあるのだろう。

 「愛を知らない」最後の大ネタ。人情噺としてはこれまた力作だ。怪異はほとんどおまけかな、と思わせておいて、クライマックスに見事に嵌まっている。全体に殺伐としたところが多い話ながらエンディングでほんわりとした温もりを余韻として残す、印象深い逸品であった。

 以前のネタは面白くない割に変な演出ばかり目立つ作風からは大きく転換した、今のスタイルとして安定の出来映え。
 ただ、時折悪い癖が抜け切れないのか書き方に斬新さを取り入れようと変わった描写に挑戦し、それによってリアリティを大きく喪失してしまって胡散臭いばかりとなってしまっている。
 まるで昭和中頃の子供雑誌に出てくる怪談のような印象だ。
 その辺りが残念といえば残念だけれど、どう書くかは著者の自由だし、そういったチャレンジの先に何か生み出される可能性もあるので、否定すべきものでも無いだろう。あくまでもごく一部の話で面白い方がまだ主ではあるので。
 自分とはどうにも相容れないもので固まってしまったら縁を切るしか無くなる、かもしれないけれど。

怪談社書記録 闇語りposted with ヨメレバ伊計 翼 竹書房 2020年05月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る